人生に意味がないから意味がある
Twitterで「人生に意味がなくて本当に良かった」と呟いている人がいた。
本当にその通りだなと思った。
所詮いつか終わるのだからこんなに苦しむ必要はない。少し早く死を自ら招いてもバチは当たらないのではないか。そう真剣に考える夜など数えきれないほど過ごしてきた。(いや、夜だけじゃないな、真昼間大勢の人間に囲めれていても考えている時もある)
だけど冒頭の文を読んで思う、どんなに自分の人生が最高でもクソでもどっちにしろ正解という意味が存在しない無意味なこの時間というものがすでに死んでいるも同然なんだ。
もちろんここで「だから適当に生きろ」とか「自分なりの意味を見つけて良い」とかクソみたいなことは言わない。
死んでもいいし生きてもいい。自分は死選んだ時の失敗を恐れて生きているだけ。
1%でも死にきれなかった時が怖い。ただそれだけ、
死ぬことは悲しいこと、自ら死を招くなんて悪いこと
そんな脳みそが足りない能天気なアホたちになるように育てられ洗脳される。
洗脳されなかった少人数を「社会不適合者」と表現されているこの大きな宗教団体のような世間で生きていくことに意味など持っていてたらそれこそ頭が狂ったままあの世に行くことになる。
死を身近に感じながら適当に生きていこうと思う。
美味しいものを食べながら知らない世界を探しながら。
期待を押し殺しながら。